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名古屋地方裁判所半田支部 昭和49年(ワ)34号 判決

原告 株式会社大垣共立銀行

右代表者代表取締役 土屋斉

右訴訟代理人弁護士 島田新平

同 島田芙樹

右訴訟復代理人弁護士 松永辰男

被告 建部藤三

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告

1  被告は、原告に対し、金五三一、〇九〇円及び内金四七二、二一四円に対する昭和四九年一月二二日から支払ずみまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二、被告

主文同旨の判決

第二、原告の請求の原因

一、原告は、昭和四七年一〇月一一日、訴外美和工業株式会社との間で、手形貸付、手形割引その他一切の金融取引に関して生ずる債務についての銀行取引契約を締結し、被告は、同日、右訴外会社が前記契約に基づき原告に負担する債務につき連帯保証の責を負う旨約した。

右約定によれば、被告らは原告に対する債務を履行しなかった場合の遅延損害金は年一四パーセントと定められている。

二、仮に、右保証契約が被告の意思に基づかずその不知の間になされたとしても、原告は、被告の代理人と称する訴外角瀧登との間に右保証契約を締結したものであるところ、被告は、右訴外会社の代表取締役である右角瀧登に対し、訴外会社が自動車を割賦販売により購入するについて、訴外会社が自動車販売会社に対して負担する債務について保証することを諒解し、自己の実印を交付して、その保証契約締結の代理権を与えていたものであり、また、被告も美和工業株式会社の取締役であり、角瀧登とも懇意であって、同人が被告の印鑑証明書を直ちに持参した事情の下では、原告には角瀧登が右連帯保証契約締結の代理権限があるものと信ずべき正当の理由がある。

三、原告は、右銀行取引契約に基づき、昭和四八年一月一〇日、訴外美和工業株式会社の依頼により、

1  金額        金一、〇〇〇、〇〇〇円

2  満期        昭和四八年五月一八日

3  支払地       大阪市

4  支払場所      株式会社住友銀行立売支店

5  振出日       昭和四七年一二月一一日

6  振出地       大阪市

7  振出人       三協商事株式会社

8  受取人兼第一裏書人 海陸商事株式会社

9  第二裏書人     美和工業株式会社

なる約束手形を割引により裏書譲渡を受けて取得した。

四、原告は、右約束手形を満期に支払場所に呈示して支払を求めたが、その支払を拒絶されたので、美和工業株式会社に買戻を求めていたところ、昭和四八年七月一八日金五〇〇、〇〇〇円、昭和四九年一月二一日金二七、七八六円の各弁済を受け、右買戻請求元本に充当したが、同社はその後事実上倒産し、代表者も行方不明の現状にある。

五、よって、原告は、連帯保証人である被告に対し、右手形の満期の翌日から昭和四八年七月一八日までは手形額面金額たる金一、〇〇〇、〇〇〇円につき、また、同月一九日から昭和四九年一月二一日までの残元本五〇〇、〇〇〇円につき、各年一四パーセントの割合による未収金の遅延損害金五八、八七六円並びに現在の残元本金四七二、二一四円及びこれに対する昭和四九年一月二二日から支払ずみまで年一四パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を求める。

第三、請求原因に対する被告の答弁

一、請求原因一項の事実のうち、被告が、原告主張の連帯保証契約を締結したことは否認する。

二、同二項の事実のうち、被告が、角瀧登に対し、被告の実印を交付したことは認める。その事情は次のとおりである。

すなわち、昭和四七年一〇月初め頃、被告は、角瀧登から、営業用の車両を購入したいので保証人になって貰えないかと言われ、その位の保証なればと考え、決して他には使用しないようにと念を押して同人に印鑑を交付したものである。その後半月程経過して、印鑑を返還して貰ったが、その間に、角瀧登が勝手に契約書の保証人欄に被告の名前を記名し、その名下に右実印を押印したものである。

また、請求原因二項の事実のうち、被告が訴外美和工業株式会社の役員になっていることは認めるが、その余の事実は否認する。

三、その余の請求原因事実は不知。

第四、証拠≪省略≫

理由

一、原告主張の連帯保証契約の成否について判断する。

甲第二号証(銀行取引約定書)の連帯保証人欄の被告名下の印影が被告の印章によるものであることは被告の認めるところであるけれども、被告本人尋問の結果によると、訴外角瀧登が被告に無断でその印を押捺したものであって、被告が捺印したものでないことが明らかであるから、右書証中被告に関する部分は真正に成立したものとは認め難い。他に右契約が締結されたことを認めるにたりる証拠はない。

二、そこで、原告の表見代理の主張について判断する。

≪証拠省略≫によると、被告は、昭和四七年九月終り頃、訴外美和工業株式会社の代表取締役である訴外角瀧登から熱田の三菱ふそうから乗用自動車を買うから保証人になって欲しい旨依頼され、その頃自己の実印及び印鑑証明書を右角に交付してこれを承諾したこと。角瀧登は、その頃、原告の担当銀行員松浦修から、甲第二号証の銀行約定書を交付され、これに連帯保証人をつけるように依頼され、右銀行取引約定書の連帯保証人欄に、被告の氏名を記載し、その名下に右被告の実印を被告に無断で押捺して、昭和四七年一〇月一一日これを右印鑑証明書と共に、右松浦修に提出したこと。被告は美和工業株式会社の監査役に就任していること。以上の事実を認めることができる。

右認定事実によると、角瀧登は、被告から実印を交付されているのを奇貨として、その実印を使って権限踰越の署名代行をなし、被告名義の文書を偽造したことになるが、この場合にも、民法一一〇条の表見代理の規定が類推適用されるものとして、以下、表現代理の成否について考える。

思うに、代理人が本人の実印を所持する理由は、いろいろな場合が想定される。例えば、本件のように、代理人が本人に自己の自動車代金支払債務の保証人になってもらうために本人から実印を交付されてこれを所持する場合もあれば、あるいは、原告主張のように、代理人のために連帯保証契約を締結するために本人から交付されこれを所持する場合もあるであろう。そのほか、本人から保管のために任意に実印を預けられる場合もあるし、不動産取引ないしはその登記手続のために交付される場合もあろうし、極端な場合には代理人が本人から実印を盗取して来てこれを所持する場合もあるであろう。これを全て網羅することは枚挙にいとまがないことである。したがって、角瀧登が被告の実印を所持しているからといって、このことのみでは、角瀧登に、本件の連帯保証契約締結の代理権限ありと推認させる徴憑には到底なり得ない。さらに、角瀧登がそのほかに被告の印鑑証明書を所持していたとしても、右推認を強める役割はあまりない。また、被告が、美和工業株式会社の監査役であることも大して意味のないことである。殊に、本件の場合、原告の担当銀行員は、契約締結当時、角瀧登が被告の実印を所持しているのを見たわけでもなく、角から右実印を所持していることを告げられたわけでもない。ただ単に連帯保証人欄に被告の氏名押印のなされた銀行約定書及び被告の印鑑証明書を角から受取ったに過ぎない。これをもって、角に被告の本件代理権限があるものと信ずべき根拠には到底なり得ない。金融機関である原告としては、はたして、被告が真実自己の意思に基づいて連帯保証人欄に押捺したのか、あるいは、角にこの点の代理権を授与していたのかは、当然疑問が生ずるはずであって、この点を本人に充分確認すべき義務があるといわなければならない。そして、その確認も電話等でたやすく被告に対し、行うことができるのであって、本件の場合、原告の係員が右確認を行ったことを認めるにたりる証拠はない。

してみると、原告には、角瀧登が本件連帯保証契約締結の代理権ありと信ずべき正当の理由があったものということはできないから、原告の表見代理の主張も採用することはできない。

三、以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、すでに右の点において当を得ないから、その余の点の判断に進むまでもなく、理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大津卓也)

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